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設立発起会記念講演会

2007年12月11日(火) 『KANSAIアントレプレナーズクラブ』設立発起会

設立発起会記念講演会

寺島 実郎 氏

世界潮流と日本の進路
-関西経済の活性化に向けて-
財団法人日本総合研究所
会長
寺島 実郎 氏

前回の講演会から6ヶ月経ち、間も無く2008年になろうとしていますが、今後世界はどうなっていくのかというのが本日の話になります。
私の最新著書「脳力のレッスンⅡ」という書籍が発売されました。“脳力(のうりき)“というのは、物事の本質を考え抜く力ということです。今生きている時代をどう見抜くかというのが、この”脳力のレッスン”という意味なので是非考える材料にして頂きたいと思います。

この半年の間にいろいろな国へ行きました。ロシアに2回、欧州に2回、アメリカ東海岸に2回、アメリカ西海岸に1回、それから最近アジアが多く中国、シンガポールを始めとするアジアに3回位展開しました。外から日本を見る機会が多い私からの視点の話です。この半年で一番思い出に残っているのが8月4日だったのですが、高野山大学の夏季講座で講演をすることがありました。この夏季講座は、金剛峰寺と毎日新聞主催で86年続いており、全国から万の単位での応募があるそうで、それを抽選で700人まで絞り込むという程人気のある講座です。物音1つしない講堂で仏像をバックに話をし、とても思い出に残っています。過去に話された方のリストが送られてきましたので見てみると、私とはジャンルが違うので断ろうと思いました。夏目漱石や西田幾多郎、最近では司馬遼太郎に至るまで、およそ近代思想史に名を残した人達が話されています。いい機会なので高野山に縁の深い空海、弘法大師について知見を深めてみようと思い、神田の古本屋から3、40冊の古本を集めて、世界を飛び回りながら空海の本を読んでいたというのがこの夏の思い出です。「現代に生きる空海」という題目で話をしました。俗世界を生きて経済の前線にいる人間が、敢えて空海という人間がどう見えるかということを話したのです。今NHKの大河ドラマで風林火山というのをやっていますが、これは武田信玄の物語で、今から400数十年前という大昔の話です。信玄が掲げていた風林火山というものは、孫子の教えからきているわけです。中国の北京大学で頼まれた講演をしたら、お礼にと孫子の兵法を竹筒に刻んだレプリカを頂きました。なるほど“早きこと風の如き”という言葉が刻み付けてあるのが見えます。孫子という人は今から2500年前の人です。信玄にとっても2000年以上前の人だったわけです。信玄から400年前に越前永平寺を開いた道元がいます。信玄と我々の距離の間と同じく、信玄には道元がいるわけです。その更に400年前の1200年前に空海、弘法大師がいるわけです。空海が生きていた時代というのは、日本の人口約500万人だったろうと推計されています。当時は農業と水産業で飯を食べていた小さな国で、空海は海を渡って中国に行きました。中国に渡った空海の文献を読んでいて言えることは、まず1点目、今で言う国際人と呼べるフロントランナーだったのだなと思います。要するに当時は、日本にとって中国は超先進国です。長安の人口が100万人、そしてペルシャ人が4000人住んでいたといいます。ユーラシアの人間が長安に流れ込んでいた。空海が見た世界というのは、私達がロンドンやニューヨークを見てカルチャーギャップを感じたという話どころではない、衝撃を受けて帰って来たはずです。
2点目ですが、空海というのはエンジニアだったのだということに気が付きます。それは真言密教の宗教的指導者としての空海という話でなく、空海が中国から持ち帰って来たものというのは経典だけでなく、今日の私達がそれにどれだけ依存しているかというものでありますが、まず土木・治水工学関係の技術を持ち帰って来ました。これは四国のお遍路さんの世界に迫ったことがある方はわかると思いますが、至る所に空海が掘ったと言われる井戸と溜池があります。要するに土木・治水工学のフロントランナーだったわけです。更には薬学。漢方を始めとする中国の薬学に関する文献、及びその薬を持って帰って来た。更に冶金工学、つまり水銀に関わる工学です。金を溶かす技術として大変重要な工学だったそうです。要するに空海はエンジニアだったのだということが見えてきます。新幹線で京都を出て新大阪へ向かう時に、京都を出てすぐ左に五重塔が見えてきますが、あれが空海が開いた東寺ですね。東寺に綜芸種智院学校を開きました。それが日本の私立学校の原点ですね。しかも仏教の学校でなく、今で言う各種学校です。庶民に技術、一芸を身に付けさせるという学校を作りました。更に重要なのが、プロジェクトエンジニアとしての空海です。壮大な構想力を持ったプロジェクトエンジニアだったということに気が付きます。

ベンチャー企業に立ち向かっている方が、今我々が何をやっているのかと自分に問うことがあるとしたらそれは、プロジェクトエンジニアリングです。それぞれ規模や構想が違うとしてもです。空海は朝廷を手玉に取るような感じで、東寺を手に入れました。これは彼の布教拠点です。さらに高野山の標高1000mの山上に世界遺産である大伽藍を築き上げました。この2拠点に中心拠点を作り上げて、しかもその間に自分の寺を配置し、ネットワークを配置したという構想力は相当すごいことだと感心しますが、空海は壮大なプロジェクトエンジニアだったという気がします。とかく仏教というと諦念の哲学や、現世社会に報われない人が来世に希望を託してという、ある意味で白黒の水墨画を見るような淡白な空気といいますか、諦めの思想とも言いますでしょうか、要するに貧しく美しくひっそりと生きていくことの美学が、あたかも語りかけているような空気があります。ところが空海の仏教は違います。東寺の仏像が並ぶ立体曼荼羅を眺めた方はおわかりでしょうが、まさに極彩色の世界ですね。空海俗物説というのがあり、厳しい評価をする人達は、空海は俗物的だと言います。あらゆる欲望をグリップした人と言っていいかもしれません。厳正社会に背を向けて隠遁したような空気を漂わせているのではなく、正面から時代の問題に立ち向かっていったという特殊なオーラを感じますね。ただ一方で空海天才説というのがあって、いずれにしてもオーラを放っていた空海が、今という時代に生きていたなら彼の書いた文献や、達筆な「弘法も筆の誤り」という言葉が残っているように素晴らしい字を書いた彼の力というものに触れれば触れる程、心動かされます。彼がもし現代社会に生きているならば、どう見て何を考えて行動していたのかということを考えます。高野山大学での話は、そこから繋がってくるわけです。

我々が生きている時代というのは、この半年の間、8月のサブプライムの爆発というアメリカの話を繋げて思い出して頂くと私が前回、現代資本主義の闇、または病理とも言えるというお話したことが、いよいよここまで来たかという思いでサブプライムローン以降の展開を見つめている方も多いと思うのですが、とうとう激しい問題として噴出し始めたということです。21世紀に入って間もなく7年が過ぎようとしていますが、世界経済の21世紀に入っての年平均の実質成長率は3.5%でした。つまり実体経済は3.5%の勢いで拡大しました。2007年も見込みが3.6%の実質成長です。つまり3.5%の勢いで成長している地球で我々は生きているということです。物流経済、世界貿易はこの間実質7%のペースで拡大したという数字がありますが、世界経済は実体経済の倍のスピードで伸びたのだという感じがよくわかります。どうしてこんなに伸びたかというと前回もお話したように、IT関連の機器材や自動車関連機器材、世に言う関連の振興というものが背景にあるのだということが伺えます。その間世界株式市場は年平均14%拡大し、さらに上海株式市場は5倍になっています。従ってサブプライムの問題等もよく頭に置きながら考えてみると、ベンチャー企業を立ち上げている人の立場からすると世界経済の実質3.5%の持続的拡大で、ジャーナスティックな表現をするエコノミストからすると「人類始まって以来の高成長の同時化局面」などと表現される位過熱の世界経済です。ところがそんな数字をはるかに上回る勢いで株価の肥大化していった21世紀初頭なのだなということがわかると思います。従って、持続的経済拡大と内在する不安というのは、要するに世界経済は過熱と言われる位の成長軌道にあり、マイナス成長ゾーンが無いということです。つまりBRICSの台頭どころではありません。5月にOECDの閣僚会議では、これからはBRICSと呼ぶのは止めようとBRIICSと呼ぼうということです。もう1つのIはインドネシアのIです。最後のSはSouth AfricaのSだということです。日本人の作った和製英語でVISTAというものがありますが、ベトナムのVとTはトルコ、Aはアルゼンチンということです。つまりそれ位地球全体が押しなべて成長路線を走っていると手を変え品を変え説明している表現としてVISTAという言葉が出てきているわけですが、そういう新興国の経済成長というものを取り込みながら3.5%成長を続ける地球なのですが、それをはるかに凌駕する勢いで世界の株式市場の時価総額が拡大してきたのが21世紀の初頭でした。

サブプライムローンとは何かという話ですが、金融工学の歴史というものを話しておきます。この問題意識がベンチャー等に立ち向かっている方にとって大事だと思います。私は1987年にニューヨークに着任してそれから10年間アメリカの東海岸で仕事をしていました。ちょうど87年~90年頃は日本がバブルに向かう頃です。私はニューヨークに4年いました。91年から湾岸戦争を挟んでワシントンに回り込み、残りの6年を過ごしました。87年の5月にニューヨークに着任した時の週末のニューヨークタイムズに載っていたのですが、「マイケル・ミルケンが個人で上げた昨年の年収がマクドナルドのハンバーガーチェーン2万店の店舗を駆使して上げた利益よりも大きかった」ということで仰天しました。その瞬間マイケル・ミルケンとは誰だろうと思いました。彼は87年のウォールストリートのヒーローです。80年というのはマイケル・ミルトンの黄金時代だったのです。ウォートンビジネススクールを出てLBOファンドというものを構想して実現し、ジャンクボンドの帝王などという名をほしいままにしていました。ミルケンは映画ウォール街のモデルにもなり、その後インサイダー取引で監獄に行ってしまいましたが、私は例えば村上ファンドだ、ホリエモンだ、と登場してきた時に少しも驚きませんでした。ミルケンはLBOファンド、ジャンクボンドなど思いついて、金融工学のフロントランナーとして80年代を走り続けた人です。私が過去に中央公論に論考を書き始めた時に激しいミルケン批判をしました。彼の業績はゲームなのではないですか、何の為の金融なのですかと激しい批判をしたのです。今冷静になって振り返って最近の論文で書いていますが、ミルケンは偉大だったなと思います。彼のような金融の世界で、新しい世界を切り開く人間がいたから、その後90年代に花開いていくIT分野のフロントランナー、ベンチャー企業を立ち上げていくような企業にとってLBOファンド等が資金を調達する仕組みとして機能したということがあります。先程乾社長が話題にされていたベンチャーキャピタル、ベンチャーファンドの世界でもそうですが、アメリカの80年代の金融を駆け抜けた人達は、やはり尊敬すべきところがあります。何故ならばそのビジネスモデルの上にその後のIT革命のようなベンチャー企業が花開いていくような土壌を形成したからと言えます。ところが90年代に入るとアメリカの金融のヒーロー、俄然存在感を高めたのはジョージ・ソロスです。ジョージは97年のアジア通貨危機に当たって、マレーシアのマハティール首相を激しく名指しで批判していました。ヘッジファンドの帝王というキャッチフレーズで、世界に大きな存在感を持ちました。ジョージと3回面談したことがありますが、私の本の中にジョージ・ソロスの言葉を監訳したものもあります。しかしこの人物は大変評価が難しいです。世界一の投機家であると同時に世界一のフィランソロファーです。世界の民主化運動を支援したり世界中の福祉に大変貢献している人です。いずれにせよ、ヘッジファンドの帝王ジョージが台頭した90年代でした。そこでアメリカの金融に90年代に何が起こったのかということです。80年代金融の金融工学の成果を背景にしながらIT企業のようなものが大きく台頭していったのですが、冷戦後のパラダイム転換というものにアメリカが入っていきました。89年にベルリンの壁が崩壊し、91年にソ連が崩壊していきました。我々はお釈迦様の手の平の上で転がってビジネスと戦っているのだと理解する為にこういう話をするのですが、IT革命は一体何だったのかという話です、第三次産業革命だと解説している人がいますが、90年代に書いた本に私もそう書いていました。やがて技術知識に明るい歴史家が登場してきたらIT革命をこう総括する人が出てくるでしょう。IT革命とは「アメリカが主導した軍事技術のパラダイム転換だったのだ」ということです。どういうことかと言うと、先日アメリカ西海岸のランドコーポレーションに行って来ましたが、ランドのパール・バランという研究者がインターネット、要するにネットワーク情報技術革命のシンボルです。その基盤技術を構築したわけです。1962年の冷戦の時代の真っ只中ですが、ペンタゴンのリクエストでペンタゴンの情報ネットワークシステムの研究開発をスタートしました。ランドが窓口になって、そこにスタンフォード等様々な大学の研究者がいろんな形で1969年にアーパネットの開発が完結します。アーパネットこそ今日のインターネット基盤技術なのですね。パケット交換方式情報ネットワーク技術と言います。何の目的で開発したのかというと冷戦の時代を背景にしました。中央制御の大型コンピュータの防衛システム1台で管理していたら仮にそこにソ連から核攻撃を受け、中央コンピュータが遮断したら全ての防衛情報がブラックアウトしてしまいます。従って、開放系、分散系ネットワーク技術というふうに言います。1つの回路が遮断されても柔らかい仕組みで情報伝達ができる仕組みを作ろうということから、インターネットの基盤技術の開発が進みました。80年代末に学術ネットワークとリンクして冷戦後のパラダイム転換、つまり軍事技術の為に開発したものを民生用に転換しようという流れが起きてきて、世に言うディフェンスコンファージョンです。軍民転換のシンボルとして進行し始めたのが、IT革命だったのです。1993年に商業ネットワークとアーパネットがリンクしました。これはわずか14年前です。たったこの14年間でインターネットが普及しました。IT革命とはアメリカが主導した軍事技術のパラダイム転換だったのだということがわかります。そのIT革命がスタートし始めたアメリカと併走して、私は6年間ワシントンで生活をしました。軍民転換のシェルター型企業ができ、ITの技術を動かし始めた時期でした。ITとFTの結婚というものがありまして、インフォメーションテクノロジーとファイナンシャルテクノロジーという意味ですが1980年代迄アメリカの理工科系の大学を卒業した人の7割が広い意味の軍事産業に雇用されていたと言います。ボーイングやロッキード等。ところが冷戦が終わったことによって軍事産業の合従連衡の嵐が押し寄せるようになりました。日本人は軍事という分野で活動していなかったのでアメリカの対象外だったのですが、90年代に日本が目撃したのは金融合従連衡の嵐でした。天下の興銀が大阪の料亭の女将に1兆円貸し込んでいたという話がその時代のシンボリックな話として記憶に残りますが、日本の銀行を始めとする金融機関は、不動産を担保にしてしか貸付をしないという位しか思いつかないという時代の話でした。アメリカの80年代は、新しい分野にチャレンジする人にお金が回る仕組みを創造したというだけ立派だったということです。ところが90年代に入ってアメリカでは軍事予算が半分カットされるという時代になり、平和の配当だとかピースディビデントや軍民転換だという時代がきて行き場が無くなりました。そういう人達を雇用吸収したのが金融だったのです。ITに明るい、理工科系の係数に明るい物理等を専攻してきた人達が怒涛のように金融の世界に入ってきました。そこでアメリカの金融が変わりました。その象徴がデリバティブを生み出すような世界になってきました。ITとFTの狭間にできたのがデリバティブです。つまりコンピュータの中を短期の資金が駆け巡り、産業金融とは違って企業を個別に育てていくようなものではありません。企業活動に伴うリスクをマネジメントするようなことではなく、全く違った形で利益を上げようという思いつきが出てきました。その象徴がデリバティブであり、それを運用するヘッジファンドです。そのヘッジファンドの帝王としてのし上がってきたのがジョージ・ソロスです。私はこんなビジネスモデルは、ただのマネーゲームに過ぎないとジョージを批判してきました。育てる資本主義ではない。しかし今になって思えば、ジョージはまだ偉大だなと思います。ヘッジ、つまり企業活動に伴うリスクをヘッジするというビジネスモデルもあっていいのかなという気持ちが今は無くは無いです。そこで21世紀初頭のアメリカの金融工学の進化という名前の下、生まれてきたのがサブプライムローンです。サブプライムローンとは何か、これは“悪魔の知恵”というのが適切だなと思います。気を付けないといけないのが、私自身がマンハッタンにて金融工学を勉強してきた人達に対し濡れ手で粟のように儲かるビジネスを考えてと言うと戻ってきた回答が、サブプライムローンという結果に行き着いたのかなという気がしなくも無いです。どういうことかというと、アメリカの住宅投資ブームを長続きさせるにはどうしたらいいのかという設問の答えの1つが、低所得者層に家を建てさせましょうということでした。本来信用が無くローンも組めないような人に家を建てさせるのかというと、まずは低金利で貸し込み、3年経ったら金利をぐっと上げればいいという。そんなものを借りる人はいないだろうと思いますがそうでもない。3年経ったら家の価値が値上がりして倍になっていてその時又買い換えさせるという、一種のゲームのような話ですが、住宅価格は上昇するという前提に成り立っているというビジネスモデルなのです。事実そういう時代もありました。数字で確認するとローンの残高は1兆3000億ドルとか1兆5000億ドルと言われていますが、そういう信用力の無い人に貸しているわけですから破綻する確立、要するに延滞する確立というのが想像に難くないのですが、実はそう元来の想定と外れているわけではありません。10%位の延滞率はあるだろうと最初から折り込んでいました。実際に今破綻している比率は14%~16%と言われていますからそんなにかけ離れた程破綻しているわけではありません。プラムローンの延滞比率がマックスで4%といいますからそれに比べると4倍近くも高いですが、それ程想定外でも無かったのです。仮に1兆5000億ドルの15%だとしてもせいぜい日本円で20兆円位の話です。8月の欧州を引き金として問題が起こってアメリカを始めとして信用不安に陥りました。流動性の注入をした際に総額で55兆円ですから、焦げ付いている総額が20兆円位と考えると十分に吸収できるようなリスクではないでしょうか。しかしいわゆる再証券化という手法でねじったことが余計におかしくしました。つまり「ハイリスクハイリターンです」と書いてありますが、いわゆる合成債務の担保証券というもので2次加工しました。流動性を高める為に、この証券の中に様々な債券を組み入れ、世界に売ってしまいました。分散したつもりが拡散してしまい、証券化商品自体が信用を落とすという事態に陥りぐんと冷え込みました。米国経済の危うさですが、住宅価格は必ず上昇するという前提の下で成り立っている商品は必ずしもサブプライムローンだけではありません。アメリカ経済の元々が虚構の中に成り立っているということです。例えばホームエクイティローンというごく普通の話でも、住宅の時勢価格が例えば倍になると、そうするとローン残高の中に与信枠ができるという形で、そこに金を貸し込んで、それをテコにして過剰な消費社会を作っています。しかも日本と違って貯蓄比率が極端に低いですね。ですから一旦破綻すると暫く貯金取り崩して、そこに住み続けるとか、ローンを返し続けるというような余力が無いです。一発で家から追い出されるという社会問題になっています。いずれにしましても金融工学の進化でサブプライムローンというものを思いついた等と言いますけれども、悪知恵の資本主義ということです。要するにひねりにひねった究極の悪魔の知恵だと思います。ここに至るだろうという必然性もあります。アメリカは毎年数万人のMBA卒業生というものが市場にリクルートされています。弁護士はとても多いです。揉め事、訴訟社会ですから。そこに様々な専門家が入り乱れていろんな知恵を思いつきます。8月にサブプライムローンの問題が起きてからは、もうアメリカの住宅市場にはカネが戻らないだろうということで、注入した過剰流動性が原油に向かったというのがあり20ドル位跳ね上がりました。従ってエネルギーの価格にまで、その過剰流動性の行き場が大きなインパクトを与えるという状況になってきました。そこでアメリカ経済は、相対的に金利が高いという状況を前提にして、お金を外から引きずりこむという状況とニューヨーク金融市場の多様性ということです。ニューヨークにお金も持ち込むという流れが形成されていました。ところが、今回の事態を前提としてアメリカに還流する資金というものが還流しなくなっているという動向が報告されています。先週の情報の中で12月4日にGCC、中東湾岸協力会議の首脳会議が行われて中東GCC加盟国のドルペッグ制停止見送りというのが決まったというのがありました。要するにドルにリンクして動かしていた通貨が、ドルがあまりにも下落していっているものだから嫌気さして、5月に実際クエートが実施していますが、通貨バスケット制に切り替えるということでユーロ等他の複数の通貨と組み合わせる形で実行したのです。他の湾岸産油国も同じ方向に向かうのではないかということで注目していました。そういうことが一気に加速していくと、ドルに対する需要を極端に落として一気にドル安が進行するのではないかと思われ、更には産油国の通貨のドル離れということですが、石油決済通貨のドル離れのようなものをできるだけユーロで決済しようとする動きが拡大してきています。それでなくてもドル需要が落ち込んでいるところに持ち込み、世界がそちらに向かうとニューヨークを中心にアメリカに還流してくる資金に大きなかげりが出てくるのではないかと思いがちです。事実大きな流れはそちらへ流れているのでしょうが、これから世界の資金はどこに向かうのかというと、必ずしもアメリカに向かないとは言い切れないということです。どういうことかというと、世界の金融界の動向がリスクを取らない、安定志向の中でお金を運用しようという流れになっているので結局米国債を発行するという話になっています。米国債を志向するお金がアメリカを還流するのではないかという話もありますが、いずれにしても大変大きな流れの変化が起こっているのは確かです。とにかく世界のマネーゲーム化が進行しています。ホットマネーの要因としては中東、ロシアのオイルマネーというものが大きな財源になっています。SWF(ソベリン・ウェルス・ファンド)という言葉をよく耳にします。その産油国のオイルマネーを中心とした政府系ファンドというものです。この政府系ファンドは産油国だけでなく、中国やシンガポールも政府系ファンドというものを立ち上げていまして、中国の1兆4000億ドルを越した外貨準備の2000億ドルをSWFとして運用するということを発表しました。組んだ相手はブラックストーンだということに驚きました。中国は日本と違って社会主義的市場経済というパラドックスだと笑っていられません。中国のある種の戦略意志を持ったインベストメントというのが我々の至近距離に見えてきます。例えば中小企業の立場にある方が、しっかり視界に入れておかなくてはいけないことがあります。私は中小企業金融公庫の評議員もしていますが、中国はこれから日本の技術を持った有力な企業をしっかり傘下に押さえていこうという強い問題意識を持っています。先程の2000億ドルのカネが流れていく方向に、日本の技術を持った中小企業をM&Aの対象として動いていこうという動きがかなりくっきり見えてくるということに間違いは無いでしょう。いずれにしても、中東ロシアのオイルマネーというものがやたらに世界のホットマネーの源泉になっているという話題につき合わされます。

今ロシアは21世紀に入って7年が過ぎようとしていますが、何が一番大きく変わったのということを自問自答すると勿論中国の台頭も大きい。中国のGDPは、あれよあれよという間に10数%の成長力を続けていますから、今世紀を迎えた時にGDP世界ランキングが第7位とか8位だったのが、イタリア・フランス・英国追い抜いてもうすでに昨年からドイツの後ろまできましたね。今年はほぼドイツと並んで来年ドイツを追い抜くのではないか、第3位に中国が上がってくるのではないか、ということがよく言われるアジアダイナミズムの中で中国の台頭ということなのですね。

もう1つがロシア。ロシアは化石燃料の供給量で断トツ1位になったということ。だから2000年の沖縄サミットの時初めてプーチン大統領が訪れて我々が認識したのはヨレヨレのロシアです。この先ロシアはどうなるのでしょうという感じだったのですが、あっという間に世界のセンターラインに甦ってきました。エネルギー価格の高騰と化石燃料の算出力というものが、かけ合わさって今般任期が切れるプーチンが後継者を指名したというニュースが出ました。ガスプロムの会長を後継者に指名したということは要するに、プーチンが就任以来やったことはエネルギー産業をグリップしたということです。ユーコス問題を思い出しても、国営産業化したのです。そのエネルギーをテコに甦るロシアというものを演出したということ。したがって、世界の化石燃料の制札与奪権を握るロシアという表現が出てくる位、エネルギー帝国主義と言われるロシアに甦ったということです。そのロシアのオイルマネー、ロシアの外貨準備が、今年の年末で4500億ドル水準だということですが、もう5~6年前の我々の常識では考えられないです。

私はこの夏から秋にかけて2度ロンドンへ行きましたが、異様なポンド高ですよね。それは産業の実力以上にカネが外から流れている状態になると国とはどうなるかということを象徴しているような状態です。とにかく異様なポンド高でついに1ポンド260円を越してしまいました。今はクレジットカードで決済されるレートにすると270円近くです。となると、ちょっとしたロンドンのホテルに泊まってカード決済しますと1泊10万円は取られると思っていなければいけません。それ位異様なポンド高で、産業の実力以上です。

過去3年間のイギリス経済の産業セクター別の成長力分析というものを見るとすごく考えさせられます。不動産だけが突出して年7%拡大しています。逆に製造業が年0.4%ずつ縮んでいっています。つまり外からカネだけが入ってくる産業構造になるとそういうことになるのだなということです。イギリス経済に対するイメージ全体がそういうことになります。

いずれにしてもこの7年間で世界史的に見て何が大きく変わったかというと中国・ロシアの台頭。中国とロシアの連携の仕組みと言われている上海協力機構の実体化です。上海協力機構に片足を踏み入れる形でもって、アメリカを揺さ振って、したたかな力を見せてきているのはインドです。上海協力機構にインドが入るということはアメリカにとって悪夢なのです。何故ならばユーラシア大陸の大国であるロシアと中国とインドが連携を組むということは、上海協力機構は反米同盟ではないけれども、アメリカの一極支配的なアプローチは許さないという共通意志を持っているということが暗黙の了解として明白であり、言ってみればアメリカは何とかインドを引き離そうということで、インドの核保有は認めて原子力技術を供与するという協定を結びました。私は資源エネルギー庁の原始力部会にも入っているのですが、隣のイランは駄目でインドはいいというのはどういうロジックから出てくるのか、アメリカの地域政策というものは乱れに乱れています。それというのも要するに、ユーラシア大陸というものがアメリカの意図せぬ方向へ向かっているからです。更に加えて中東がすごいことになってきました。

アメリカはある面では思い入れ激しくイラク戦争に突っ込みました。そしてどうなったか。結果としてシーア派主導のイラクを作ってしまいました。イラクの民主化といって選挙をしたら人口比例で政権が決まるに決まっているわけで、今のマリキ政権というものは、まさにシーア派の政権です。シーア派の政権というのは、アメリカが引いたらイラクは限りなくイランの影響を受けるだろうなということだけは確かです。4000人の死者を出す程のイラク戦争に出兵したけれども、ペルシャ湾の北側に巨大なシーア派ゾーンというものを作りました。中東に起きている大きな流れは何なのかというと、シーア派イランの台頭ですね。

欧州はEUが27カ国体制に拡大して要するに欧州の欧州化という、つまりアメリカからの積極的自立を図る流れを一段と強くしてきています。ユーラシア大陸全般が、気が付いてみれば9.11が起こってから今や2007年が終わろうとしていますが、あっという間にアメリカの求心力の凋落という姿を見せています。これが又悩ましい。

しかも現在のガバナンスの喪失というものを過去のアメリカと比べると戦争を指導した大統領というのは、必ず戦争後の世界についてのビジョンと構想位は出しています。例えば第一次大戦を率いたウッドロー・ウィルソン。彼は国際連盟構想とういうものをベルサイユ講和会議に出して、この戦争を超えた後で世界秩序を作ろうではないかという理念を呼びかけています。アメリカ自身が国際連盟に入らなかったということで結局は思い通りになりませんでしたが、少なくともリーダーとしての見識は見せたのです。それから世界大戦を率いたのがフランクリン・ルーズベルトです。日本にとっては日本人に対する差別意識があって心の中では嫌だなと思う節もありますが、それでも第二次大戦を超えた後で、国際連合構想という戦後の世界秩序を制御する仕組みは提案しました。ところがブッシュ政権の悲しみは何なのだ、そこに肩を並べている日本の悲しみがもっと深いわけです。要するにブッシュ政権の限界というものは決して腹の底からの悪意は無いのだと思いますが、カウボーイメンタリティというものなのですね。つまり偉大な政治家のスタンスでは無い。例えるならば悪漢を懲らしめる正義の保安官ということですね。テロリストを懲らしめて何が悪いのですかと開き直っているのですね。それはそうですが、その後にどういう世界を作りたいのですかと理念を問いたいですね。世界秩序からは距離を取るアメリカ、自国利害中心主義、京都議定書にも入らない、ICC(国際刑事裁判所)にも入らない。要は現在何故世界が薄ら寒い空気に包まれているのかというと、イラク戦争も結構だが、それを超えた後にどういう世界を作るのかという話が一向に見えてこないから悲しいというわけですね。

いずれにしましても、ロシアのオイルマネーもただ事では無いですが、明らかに世界の富の分配の再編が起こっています。中東のオイルマネーもアジアにイスラム金融という名前の下に流れ込んでいるという話に、シンガポール辺りに行くと散々付き合わされます。6月に話した話題の具体的な報道がテレビでなされたからご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、オイルマネーの1つの動きで、ドバイに関空からも直行便が飛んでいます。ドバイの800mの超高層ビルがついに台湾の500数十メートルというビルに建設途中で追いつきましたと報道で紹介されていました。800mのビルは間もなく完成するということですが、東京タワーの軽く2倍はあるということです。さらに隣に900mのビルの建設が始まるとうことで、異常な建設ラッシュなのですね。オイルマネーが石油の増産やエネルギーの増産には向かわずに建設ラッシュの財源になったり、再びマネーゲームの財源になって過剰流動性になって世界を駆け巡るという状況になっていっています。

ところがその後、様々な会議で一段とこの指摘が強くなってきたと言わざるを得ないのが日本のことです。何を無責任な話をしているのかということです。世界の過剰流動性の源泉はオイルマネーだけだというのは冗談ではない、日本が問題なのだ、と言われることが多くなってきました。それは日本の超低金利と円キャリー資金というものです。これは言うまでも無くして日本は12年連続公定歩合が1%を割るという水準です。極端な超低金利を続けています。世界中がそうなのかと思ったらそれは大間違いです。アメリカはサブプライムで凍り付いて9月に0.5FFレート下げて更に0.25下げて今又来週かその翌週かと言われていますが0.5、もしくは0.25下げるであろうということです。グリーンスパンは連銀を去りましたが、去年の6月末迄に5.25までに上げていまして、それを現在一気に下げてきています。それでも4.5という水準は日本の0.5に比べたら4%も高いわけです。欧州はやはり4%~5%の水準で動いています。オーストラリア、ニュージーランドに至っては8%位の公定歩合です。

となると日本で円資金を調達できる立場の人であるならば、超低金利で調達した円を元とに、各国境の外に持ち出して有利に運用しようという流れが加速度的に展開してきたということが言えるわけです。それが世に言う円キャリーです。機関投資家が円資金を借りて外に持ち出しているというのは、せいぜい2000億ドル位であろうと言われています。しかし実際世界を駆け巡っている数字は、日本の円キャリー1兆ドルという数字なのですね。

最近日本も変わってきたなとつくづく感じたのが、先日東京のお台場で日経新聞主催のIRシンポジウムというのがありました。そこで基調講演の依頼があったのですが、土曜日の午後で人が来るかなと思っていたら15000人の来場者でした。カリスマ投資コンサルタントという女性のコンサルタントの周りに熱狂的なファンが集まって興奮しているわけです。熱気に満ち溢れ、欲と道連れの年配の男性が集まっているのではなく、若い女性主体なのです。今国際金融の世界の隠語として知る人ぞ知る言葉があるのですが「ミセス・ワタナベ」、その言葉は賢い日本の主婦というイメージで使われています。渡辺婦人は亭主の給料は上がらない、いわゆる可処分所得の動向を見たらわかりますが銀行に預けても利息も生まない。勉強して少しでも有利な運用を考えようという賢い日本の主婦の象徴。そこで外貨建ての債券を買うだとか、ポートフォリオを組んで外貨による資産分散投資に出るという人達を、例えてミセス・ワタナベというそうです。ミセス・ワタナベはあなどれないです。そういうファンドが集めているお金は統計すると兆円単位ですから。そういうミニ円キャリーも含め集まった資金は外へ出てホットマネーの源泉になって世界を揺さ振っている1つの柱だという話にもなっています。

そういった要因もあり、日本は何故超低金利を止めないのかという話が指摘されます。8月の参議院選挙が終わったら、日本は間違いなく金利を上げるでしょうと世界が見ていました。0.25は必ず上げるだろうと想定済みだったと言えます。ところが選挙結果は与党廃退となりました。くしくも起こったサブプライム問題でこんな時に金利上げるどころの話ではありません。9月、10月、11月とパスしてきて、年内は無理、年度内もきっと利上げは無理でしょうという真っ只中にいます。従って何故日本は超低金利から脱却できないのか、金融が歪みすぎているではないか、という話に直面しています。

企業物価指数(日本企業が取り扱っている物の指数)は、2000年を100として、今年10月時で、素材燃料が199.5まで上がってきました。つまり今世紀に入って原材料素材を取り扱って生きている企業の価格大義は2倍になったということです。中間財、部品のような物を取り扱った企業は115.7でようやく水面上に出てきて15%上乗せされたかという感じです。

問題は最終財でびたとも動かない。消費者に向き合ったビジネスで生きている企業の価格体系92.3ということです。つまり2000年に比べると8%も水面下なのです。今世紀に入って8%も落ち込んでいるのです。かたや素材原料は2倍になり、消費者と向き合うビジネス、いわゆる我々が呼んでいる川下という小売に象徴されるような企業の価格体系は8%も落ち込んでいるわけですから極端なデフレなのです。つまり「川上インフレ川下デフレ」という、いわゆる二極化がこの夏から又極端に進化しました。

さらに最終消費財の内訳である耐久消費財79.1はため息の出るような数字ですね。耐久消費財、家電機器のような物ですが、例えば、液晶薄型テレビはこの前まで100万円もしていたものが10万円を切るというような状態です。松下の中村会長の言葉で「家電業界とは切ないのですよねと。市場に新製品を投入して価格が上がったという経験は人生でしたことが無い」と。投入したら最後、瞬く間に落ちていくということです。それを何とか1日でも持ちこたえねばということで生きてきましたとおっしゃっていました。全くその通りなのですね。非耐久消費財がようやく103.7、水面上に出たというのが現価の日本経済です。

となると日銀がゼロ金利を解除して0.25まで上げたとします。よく新聞等で見かけるのか「デフレ局面を脱却しつつある日本経済」という言葉ですが、一体誰の立場で現在の状況をデフレと表現するのか、又はインフレと表現するのでしょうか。全く立場によって違います。従って参議院選挙に敗れた後、自民党の幹事長をされていた中川秀直さんが「日銀のせいで選挙に負けた」と。2月に金利を上げたから選挙に負けたのだと言わんばかりでした。それから、最終財の立場にいる人でしたらこんな状態で金利上げるということはとんでもないことだと話しています。

しかし一方国際社会の中の冷静な日本の立ち位置を考えた場合、一体何故日本だけ超低金利を続けるのかという疑問は正当な指摘です。股さけ状態の中にいるということが現価の日本経済の難しさだとしか言いようが無い。消費は出るのかというと、これはどう考えても個人所得増無き景気回復というものが進んでいるから個人金融資産をより戦略的に活用するというようなことでもない限り、フローの動向だけ考えると消費が爆発的に増えるでしょうなどということは絶対無いということが現下の状況です。

そういう中で、新たな動向ということを踏まえて、アジア・ユーラシアに依存して生きているという日本経済になっています。日本人で海外に出て行った人というのは1754万人、その内米国に出て行った人は367万人、中国に出て行った人は377万人といったように、日本の戦後の歴史で初めて中国に出て行った人の方が米国に出て行った人より多くなりました。米国へ出て行った人はこの10年間で100万人減っています。中国に出て行った人はこの間に300万人増えています。背景に何があるかということは言う間でも無いです。

しかも米国に出て行った367万人というのは中身を分析すると、7割近くがハワイ、グアム島までです。米本土にたどり着いている人は3割強で、日本人にとっての米国というのは西海岸のサンフランシスコからサンディエゴまでの海岸線と、東海岸のボストンからフロリダ、ニューヨーク、ワシントンD.Cもしくはフィラデルフィアというふうに海岸線の都市中心に米国しか見ていないですね。つまり米国を訪れた日本人の9割以上が、東海岸と西海岸しか見ていないです。シカゴ、ピッツバーグまで足を伸ばせば大したものです。今や内陸の米国は視野の外なのですね。ところが大統領選挙にとってみれば、世に言う赤いアメリカと青いアメリカということで、この内陸のアメリカが持つ意味というものはすごい存在感があります。その内、日本人が見ているアメリカというのは極めて断片的でしかないのだということをよく考えておかなくてはなりません。

訪日外国人はついに中国からの訪問者と米国からの訪問者は、昨年ほぼ肩を並べました。今年は中国からの訪問者の方が上回ります。もうすでに上半期の数字だけでもそうなっていますが、上海⇔羽田の直行便が飛び始め、関空第二滑走路が起動し始め、ようするに81万2千人やって来た内の30万人が観光客なのですが、観光ビザが規制されている状況下でも30万人という数が来られたのです。これからビザが少しでも緩和されれば桁が変わりますね。これはアジア大移動時代が迫っているということです。

日豪経済合同委員会というものがあって私も参加したのですが、10年前のオーストラリアの1人当たりのGDPは日本の半分でした。ところが2年前に日本は追い抜かれてオーストラリアの1人当たりのGDPは今4万ドルで、日本が3万7千ドル位です。何故こうなったかというと豪ドルが強いということと金利が高くて引き付けているということもあり、資源大国オーストラリアというのが如何に追い風を受けているかです。

昨年日本の土地値上がりランキング第1位は北海道の倶知安でした。何故かというと北半球と南半球の季節の違いを使った渡り鳥ビジネスの受け皿になったからです。つまりオーストラリアのスキー客がニセコに殺到しています。昨年オーストラリアから7万人来ています。ニュージーランドも含めて外国人が9万人訪れています。気に入って別荘を建てたり、コンドミニアムを買ったりする人が増えて、土地の値上がりランキング第1位になったわけです。驚くことにオーストラリア、シドニーのタクシーの運転手の年収が日本円に直すと1500万円というのです。金持ちがスキーに来ているのだろうと思うがそうではありません。つまりアッパーミドルでなくてもスキーに来るようになったということです。ついこの前まで日本の常識だとゴールドコーストに新婚旅行に行くというようなイメージだったのですが、今や完全に逆転してきています。

大英連邦と言うと、イギリスを中心にした過去の栄光にしがみついた連邦だとイメージしがちですが、53カ国が加盟しています。英国、中東のUAE,インド、シンガポール、オーストラリアをレッドアローと言いますが、この中であるダイナミズムが生まれています。つまり資源国のUAEとオーストラリア、IT大国化するインド、淡路島の面積も無いですが、バーチャル国家として躍進するシンガポールは1人当たりのGDPが3万4千ドルまできました。ということは、日本とほぼ肩を並べてきたということです。あの工業力も産業力も低い国がです。つまりITとバイオやナノテクなどと目に見えない財の創出によって経済大国になれるという象徴的な存在になってきているということです。大中華圏の南端として、中国の成長力をASEANに取り込む基点、インドの成長力をASEANに取り込む基点、欧米とアジアを結ぶ基点ということです。

今度ブリティッシュ航空とシンガポール航空がオープンスカイという提携を決めて両国が踏み込みました。我々の常識からするとシンガポールは淡路島の面積しかないわけですから全てのフライトが外国便で国内便は無いわけです。これはブリティッシュ航空にとってのメリットは、ヒースローをアジアからのゲートウェイにしようとしているのです。つまりアジアからの人の動きを、まずはヒースローへ迎えいれようとしているわけです。700人乗りの飛行機がシドニー⇔シンガポールに就航してきますが、これが間もなくシンガポール⇔ロンドンに動き始めます。要するに各国知恵を出してそういう形を戦略的に形成しています。

ベンチャー企業の方達をいろんな形でもって手助けしていくようなこのアントレプレナーズクラブというものが、如何に大事かということを私は誰よりも信じていますので、旗振り役の1つとしてこのクラブにも参画しているわけです。もう1つ同時に進めていかなくてはいけないのは個別の研究開発、ベンチャー企業が花開いていけるようなプラットフォームを作るというような発想です。例えば海外を動いていると、自動車産業以降のプロダクトサイクルを日本は何か構想していますかという質問を受けます。日本はこのままでいくと世界産業史の中で自動車産業国家だったという歴史に留まることになりかねないということです。しかし虎の子産業と言われる自動車産業の現場は、部品メーカーまで率いて中国まで出て行っています。日本人は何で食べていかなければならないのかという局面になってきています。プラットフォーム型の産業だから自動車産業は大事なのです。何故ならば皆さんの中に自分は一切自動車産業に厄介にはなっていないと言い切れる人がいるでしょうかという位、いわゆるシナジー効果の高いプラットフォーム型の産業なのです。この自動車を越えたプロダクトサイクルとして何か日本が真剣に向き合っているのかということです。

まず間違いなく重要になってくるのが航空工学です。中型ジェット旅客機の国産化です。何故ならばジェット旅客機というのはIT技術のかたまりであり、バイオ工学のかたまりであり、新素材開発のかたまり、ナノテクノロジーのかたまりであります。こういう産業を立ち上げることによってそれぞれの関連分野で活躍しているベンチャー企業の人々の技術が活きるんですね。ですからプラットフォーム型の産業というものを構築していくことが平行しなくてはいけません。中型ジェット旅客機の国産化ですが、予ねてから私も主張し経産省もようやく踏み込んで動き始めていますがとても重要です。熱心さから言うと愛知、東海、岐阜にかけてが第二のシアトルになってくるのではという気がしますが、各地域、プラットフォーム型の産業の育成というのものに関心を持たなくてはいけない、あるいはそういうものを皆で力を合わせて育てていかなければならない状況になっていると思います。トヨタのレクサスを生み出す程の産業技術基盤を確立した日本で何でただの1つの旅客機も生産できないのかと素朴な疑問を感じていらっしゃる方も多いと思いますが、それはマーケッタビリティが壁だったのです。今更ボーイングや欧州のエアバスと戦えないでしょうということで部品を供給しているだけでした。それがアメリカはドイツと日本にだけは戦後航空機を作らせたくなかったという戦後の1つの思惑もあります。ドイツは欧州の共通プロジェクトであるエアバスに参入することによって航空工学の技術を活かしました。日本は近隣地域であるアジアの地域にプロジェクトを立ち上げる程の求心力も持っていないし、なおかつ自前でそのプロジェクトを推進するというような力も無いから航空工学の技術者達は唇をかみ締めながら空きを飛べない高速交通システムに賭けてきました。

例えば、川崎重工やホンダの人達と話すと涙ながらに言いますが、戦前の飛燕、隼やゼロ戦等を作った人達が戦後オートバイに入っていきました。何故日本のオートバイが世界に冠たるブランドになったかというと本田宗一郎がいかに偉大かとはいっても、更にそれを支える航空工学の人達が入っていったからなのです。新幹線も航空工学の人達が支えたと言えます。

満を持して本当の意味で日本の航空工学が、YS11以降プロペラ機でさえ1台も作っていないわけです。ポテンシャルはあります。川崎重工の飛鳥というプロジェクトは、とうに空を飛んでいる中型ジェット旅客機だと言っていいように防衛目的で開発していますが、世界で一番短い滑走路で飛び立てる中型ジェット旅客機だろうと思います。これからは三菱グループも含めてホンダも小型のジェット旅客機から参入するということです。いずれにしてもプラットフォームの形成だけはしっかりしなければならないということです。何故ならばベンチャーというものを活かすプラットフォームになるからです。そういうものがないと個別の技術をどこで活かすのかというフラストレーションがますます溜まるということです。そういう意味で我々が進んでいかなければならないところについて限られた時間の中でお話しましたが、今後もこの会が発展的に展開していく中に私自身も参加させて頂きたいということで、本日の私の話の締めくくりとさせて頂きます。

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